政府の地震調査研究推進本部が2016年版の全国地震動予測地図(確率論的地震動予測ハザード)を発表しましたが、皆さんはこの情報を利用されていますでしょうか。報道などに取り上げられているのを見ると、この種の情報がうまく実社会で利用されるのは難しい部分があるのではないかと思い、今日はその点を書いてみたいと思います。
まず気をつけなければならないのは、この地震動予測地図はあくまで「ハザード」に関する情報だということです。ハザードはリスクを構成する重要な要素ですが、全てではありません。もう一つ重要な要素がリスク評価を行う対象物の「脆弱性」です。どんなにハザードが大きくても、脆弱性が低ければリスクは極めて限定的なものとなるでしょう。良い例が建物の耐災害性です。例えば耐震性が高いとか、免震構造になっているとか、良い地盤に立地しているとか、基礎をしっかり造っているとか、建物が持つ脆弱性を小さくする措置を施しているものは、結果的にリスクは小さくて済みます。一方でハザードが小さくても脆弱性が大きければリスクは大きいものとなります。地震動予測地図であまり赤くなっていないところだからといって、いい加減な建物であれば、大したことない地震動にもかかわらず、大きな被害をこうむる恐れがあります。
それに加えて、このハザード情報には多くの「不確定性」が含まれています。まず私たちは地震を引き起こす原因となる断層やプレート活動に関する十分な知識を得ていません。今できているのはこれまでの観測などに基づくきわめて限定的な情報から科学的な知見を得て推測しているにすぎません。そこには多くの「仮定」があり、また一定の約束事に基づく「みなし」があるのです。よって評価された結果には本来かなりの幅があるわけですが、この種の情報が出されるときにはその不確実さの「幅」は表現が難しいので、大概は取り上げられません。そのため私たちが目にするのはその一部の表現に過ぎないのです。またハザード評価自体にも不確実な要素が多々あります。想定されている地震と全く同じものが起きたとしても、実際の揺れが計算されたようになることはほぼないといってもよいでしょう。たくさんの経験値から得られた科学的な予測方法でも、一回ごとの事象を完全に説明することはできないことは、ほかの分野でもよくあることです。
こう考えると、全国どこでも地震に対するそれなりの備えは必要となり、それはこの地震動予測地図の評価結果を反映するというものとは違った形で取り組まねばならないように思われます。実際この予測地図を公開する時の記者発表でも、評価が低いところだからといって地震が起きないわけではないということを繰り返して言っていました。確率で数パーセントだから低いとは言えないということを、数学的に理解することも大切かもしれませんが、工業製品として作られる住宅などの性能に、地域差を設けること自体あまり意味があるとも思えませんので、建築基準法でも地域ごとに定めている係数はできればなくなるほうが合理的なのではないかと思うのは私だけでしょうか。それよりも地盤の良否、建物の耐震性の良否を、建物を建ててしまってからでも、また古くなった建物でも、簡易で精度よく評価する技術の開発のほうがずっと大事な気がします。それができれば少なくとも危険な建物の判別が行え、事前防災対策がずっと効果的に進むように思います。
さて、地震動予測地図はハザードが表現されていますが、リスクを表現しているものもあります。つい最近、大手保険ブローカーであるAON社が世界のテロと政治的暴力に関するリスクマップの最新版を公表しました。世界地図に色分けされたもので、各国のリスクがおおむね6段階に分けて表現されています。これを見ると日本は一応低い(LOW)と評価されていますが、決してゼロではないのです。その意味ではリスクはどこにでもあると考えないといけないということでしょう。いまや南極大陸ででもなければ、この種のリスクがゼロになるところが地上に存在しないというのが悲しいですね。
ちなみに通常の犯罪リスクについてみると、国別統計では日本は極めて低い特異な位置にいます。例えば殺人ですが日本では大体年間400人ほどが殺人の犠牲者になっています。一日に一人くらいの見当ですね。これは10万人当たりの数にすると0.3前後で世界的にみると非常に低い値です。ドイツは0.9、イギリスは1.0、フランスは1.2、トルコは2.6、台湾が3.0、米国が4.7、イラクが8.0、ロシアが9.5、フィリピンが9.9、メキシコが15.7、南アフリカが33.0、最も高いのがホンジュラスで84.6となっています。上位には中南米の国々とアフリカ諸国が並んでいて、政治的安定性の悪さが治安の悪さにつながっていることがうかがわれます。ちなみにリオ五輪が開催されるブラジルは24.6で世界15位、年間5万人以上が殺人で犠牲になっている現実は正しく報道されているでしょうか。現地に行かれることをお考えの方は、くれぐれもご用心くださいますよう。