学校の通常授業でも授業内容には必ずリスクを伴うものが含まれます。たとえば工作の時間では切削に使うナイフやノコギリ、釘や錐など、危険なものがたくさんあります。これらを一切使わずに物を作るとなると、出来上がるものはかなり限定されてしまいます。家庭科で調理をするとなると火を使うのは当然ですが(最近はIH調理機の普及で自宅に火がない子がいるそうです)、そうなるとやけどの危険もあります。リスクを避けることを徹底すると、何にリスクがあるか、そのリスクはどのようなものかを理解できなくなってしまいます。ある程度のリスクを冒さずにはリスクは理解できないというジレンマに陥ってしまいます。以前、このブログでも書きましたが、ある小学校の泊りがけ防災体験で、子供たちがサバ飯(空き缶を使って炊くサバイバル飯)調理の時に、ライターの使い方や炎の上がり方を理解していないという現実にあったように、火は熱くて危険だということは炎に直面しないとわからないのです。
仮想現実の世界ではものすごく「暴力的」な世界で遊んでいる子供たちでも、現実の暴力に直面すると対処方法が分からないでしょう。もしかすると手加減ができないで他人を傷つけてしまう事件の根本的な原因は、そのようなところにもあるのではないかと思ったりもします。
災害は日々進化し、私たちの防災の水準も日々向上してきました。もはや少しの雨でどろどろになる道路や、滑って危険な雪道なども、普段の生活ではなかなか体験しづらくなり、ある日突然記録的な気象現象によってその閾値を超えるような事態が発生すると、途端にお手上げになるという事態が懸念されます。大きな災害も小さな災害を観察することから発展的に考えることのできる想像力をこそ、子供たちにまず身につけてもらわないといけないのかもしれません。
一斉シェイクアウトで机の下に潜りました。上手く隠れられたかな?