災害は自然現象と社会との接点で発生します。そのため自然現象だけを研究していても問題は解決しません。とりわけ発生頻度が低いけれども強い外力を伴う自然現象(巨大地震や台風など)では、ある限界を超えたところから急速に被害が発生したり、被害が大きくなるため、いきなり困難な事態に直面する恐れがあります。自然現象の将来予測は地震予知も含めてまだ多くの課題がありますが、一方で社会のほうの将来予測は、いろいろな分野で行われており、そこそこの精度をもって未来を想定することができるようになっています。
日本創成会議(増田寛也座長)は、「自治体消滅」のフレーズでセンセーショナルな印象を与えた昨年の少子化を克服するための戦略提言に続き、今年は首都圏の医療・介護の未来像を示し、地方への住み替えを含めた大規模な将来戦略の必要性を提言しました。推計の数字や手法にはいろいろな意見があるでしょうが、この提言の特徴としては論拠となる基礎数字をすべて公表していて、誰でもが結果を追跡し検討できる形を取っていることです。どんなに有益な政策提言であっても、その根拠となるものが提示されていなかったり、不確かなものであれば、その信頼性は疑わしいものになってしまいます。その意味では創成会議の姿勢は政策提言の形式的には望ましいものといえましょう。
今回の提言のポイントは以下のように集約できると思います。
・現状を放置すれば団塊の世代が高齢化するにつれ、首都圏(=東京圏=1都3県(東京、埼玉、千葉、神奈川))の高齢化は急速に進み、その受け皿となる医療、介護のサービスは施設も人も圧倒的に不足する。現在でも東京圏は都県境を超えてボーダーレスで医療・介護サービスが供給されており、早晩サービスの奪い合いのような事態となる恐れがある。
・さらに、首都圏で必要とする大量の医療・介護サービスを満たすために地方から人材が流入する事態になれば、地方の衰退が一層深刻になる。これは以前に提言した自治体消滅の危険を加速させるだけである。このような事態を避けるためには、首都圏の医療・介護サービスの受け皿を早急に地方に整備し、移住を促進しなければならない。
というわけで、今回の提言では地方都市の医療・介護の余力度の評価を行ったものが示されています。結果だけ見ると受け皿となる地方都市が北海道の室蘭だったり、大分県の別府だったりするので、現在首都圏に住んでいる人たちにとっては、なかなか実感が持てず唐突な感じもしますが、老いた時の生活拠点を「今のままで最後まで」と考えることのむずかしさは、現役世代でも理解しなければならないことは確かだと思います。実は私たちのプロジェクトでも以前に首都圏在住の65歳以上の高齢者を対象にして、将来の防災対策に関するグループインタビューを実施したことがあり、その際印象的だったのは、全員が今のままの生活で老後を迎えたい、できれば最後まで自宅で過ごしたいという意見が一致していたことでした。それが現実的には難しい側面があることはわかっていても、人は高齢化するにつれ生活の変化を好まなくなります。先の「大阪都構想投票」もいまや投票の中心的年齢階層となった高齢者にとっては、「なんだかよくわからないけれど、今のままで別に不都合はないんじゃないか」という感性が勝ったため成立しなかったようにも思えます。かくして日本社会はなかなか変化しにくい時代に突入しつつあるともいえるでしょう。
確かに現在の医療・介護のサービス利用はいろいろな意味で壁にぶつかっているように見えます。特に担い手不足の問題は本当に深刻です。創世会議の提案のようにまとまって暮らす「集住化」や、早い段階での地方移住を進めないと、にっちもさっちもいかなくなる事態が目前に迫っているともいえます。家族介護を苦にして一家心中などの事態も頻発するかもしれません。また地方の立場からは首都圏の人たちの都合で振り回されるのはまっぴら御免という声も上がるかもしれません。地方と首都圏との利害対立も深刻な社会問題になりそうです。いきなり移住といっても容易ではありませんが、生まれたところ、育つところ、働くところ、老いを迎えるところをすべて同じ場所で済ませられる人はもはや極めてまれで、幸せな人なのかもしれません。今回の提言は若い世代の人たちにとっても、この国の在り方を見つめる良い機会だともいえるでしょう。
創成会議の資料はこちらにあります。