法律や政令、省令などを総括して法令と呼びますが、現在日本にはおよそ1万もの法令があるそうです。これを一字一句覚えるのは到底人間わざではないので、いわゆる法律の専門家でも細かい条文の確認には電子データベースを利用するのが普通になったようです。立法府である国会の活動度にもよりますが、年間数十から百前後の法律が成立しているのですから、これまた全部理解するのは容易ではありません。いまや各分野別の法律書もたくさん出ていて、もちろん防災に特化したものもあるようですが、毎年新しい法律ができるので、書籍としての成立はますます難しくなるでしょう。
平成25年12月に成立した法律に「アルコール健康障害対策基本法」(平成25年法律第109号)というのがあるのをご存知でしょうか。日本社会ではアルコールに対する寛容の度合いが高く、「酒の上でのことだから」というような「言い訳」がしばしば用いられます。しかし酒に酔って犯した過ちによる犠牲者がいるとなると、ことはそう簡単にはいかないものです。アルコール健康障害対策基本法が制定されるきっかけともなった日本アルコール問題連絡協議会のホームページに、この問題の社会背景として示された数字を見ると、アルコールによるトラブルがずいぶん身近で深刻なものであることがわかります。
1) 何らかのアルコール関連問題を有する人の数 654万人
2) アルコール依存症者と予備軍 440万人
3) 治療が必要な依存症者 80万人 (そのうち治療を受けている人4万人)
4) 深刻なDV(ドメスティック・バイオレンス)の3割、刑事処分を受けたDVの7割近くが酒を飲んでの犯行
5) 自殺者の2割以上にアルコール関連問題
6) 施設入所の認知症高齢者の3割はかつての大量飲酒者
7) アルコール関連疾患等の年間死亡者数は推定3万5千人
8) 厚生労働省の研究官推定による飲みすぎによる社会的損失は年間4兆1483億円で、これは酒税の3倍だそうです。
この法律の面白いところは、最初の条文で酒の効能にまで言及していることです。いわく「この法律は、酒類が国民の生活に豊かさと潤いを与えるものであるとともに、酒類に関する伝統と文化が国民の生活に深く浸透している一方で、不適切な飲酒はアルコール健康障害の原因となり、アルコール健康障害は、本人の健康の問題であるのみならず、その家族への深刻な影響や重大な社会問題を生じさせる危険性が高いことに鑑み、・・・(中略)・・・もって国民の健康を保護するとともに、安心して暮らすことのできる社会の実現に寄与することを目的とする。」 何ともまあ長い目的条文ですが、これは酒造メーカー等にも一定の配慮をしたということなのでしょうね。
災害とアルコールとは一見関係なさそうですが、多くの被災地で被災者の「その後」の生活を見ると酒に溺れる割合は決して低くないようです。身近な存在を失った方々の心の痛みは計り知れませんが、2011年には震災後の自殺率も明確に上がっている現実を知ると、大災害ではメンタルケアの重要性が特に求められ、アルコール依存症の扉を開けてしまう前に、周りからの支援が欠かせないことがわかります。