私たちの社会には自分だけではどうしようもない事態に陥った時に、それを社会全体で支えたり助けたりする仕組みがいろいろあります。それらをひとくくりにして「社会保障」と呼んだりしていますが、国によってその程度や内容にはかなり違いがあるようです。以前大災害があり防災科研でも調査を行ったインド洋大津波の被災地や、ハリケーンで被災した米南部ニューオーリンズ、さらには東日本大震災で被災した東北地方とでは、それぞれ被災者が受けられる支援には違いがあります。一概にどれが良いかということは言えないわけですが、人の動きがかつてないほどダイナミックになり、どこで災害に遭遇するかわからない状況になった現代では、そこで被災したらどうなるかということも頭の片隅には入れておかねばならない気もします。
さて健康保険や年金、介護保険など、公的な枠組みがある程度出来上がっている日本では、その網の目から零れ落ちてしまうひとはどれくらいいるのでしょうか。自己責任の時代になったとはいえ、やはり一番厳しい状況の人を社会で救えないのでは、その社会の評判も良いとは言えないでしょう。映画「男はつらいよ」の主人公フーテンの寅(車寅次郎)は、健康保険に入っていないことがその作品の中で触れられています(第40作)。年中全国を旅しているテキヤ家業の寅さんは、どこで病気になるかわからないので、本当であれば健康保険ぐらいは入っていなければいけないのですが、どうなのでしょう。彼は所得も少ない(と思われる)ので、おそらく所得税の納税義務はないでしょう。でも年金や介護保険はどうしているのでしょうか。まあ寅さんが帰ってくる団子屋は、本来寅さんが継ぐべきものだったものを叔父叔母夫婦が切り盛りしているわけですので、もしかすると年金や介護保険はおいちゃんたちが払っているのかもしれません。でも介護保険料を払っているくらいなら健康保険も・・などと考えていると、この映画はなかなか面白くなります。
災害が起きるたびに、被災者をどう助けるか、どう生活再建、復興させていくかについてさまざまな意見が交わされます。でもそこで抜けている視点は、どのような人を支えるのか、どこまでの人を助けるべきか、一度きちんと交通整理すべきではないかということです。もちろんすべての人を救いたいのだという気持ちはだれにでもあるわけですが、そうなると社会の負担はどうなるのか、被災していない人たちはどのような形で支える側に回ればいいのか、きちんと理解して制度化すべきではないかと思います。復興増税についてもどこまで社会に知られているか、はなはだ疑問な現実を思うと、人任せにしてよいわけがありません。寅さんの老後をだれがどう支えるか、これはみんなで考えるべき問題なのです。