防災力を高めるには、災害を引き起こす現象そのもの(地震、台風、大雨など)をきちんと解明し良く理解することと同時に、災害によって被害を受けるもの(人、建物、ライフラインなど)の強さ、弱さを判定し、これもよく理解することの2つのアプローチが必要です。自然科学は主に前者に対して、社会科学は主に後者に対してアプローチしていますが、両方の知見を上手に組み合わせて、地域の防災力を高めるためには、相互の理解と協力が不可欠です。
私たち社会防災研究チームは、このうち後者についてもっと科学的で合理的な地域社会の災害耐性を評価する手法を生み出さなければなりません。これまでもいろいろな研究者がさまざまなアプローチをしていますが、まだ確立された体系や、どこでも使える方法が実証されてはいないのが現状だと思います。まずは、人の身体と同様に地域についても普段の健康状況を診断し、これからどのような疾病や障害に罹るかどうかを判定することが必要です。これを「地域診断」と呼ぶことにしましょう。これにはどのような要素が必要でしょうか。我々のプロジェクトはこれまで地域防災への取り組みを行っているさまざまな地域団体のたくさんの方々と関わりを持たせていただきました。そこで私なりに地域診断するのに欠かせない要素というものを、4つのポイントに絞り込み提案してみたいと思います。
一つ目は「人の活動度」です。どんなに環境に恵まれ建物が丈夫で、経済力にとんだ地域でも、そこに住む人々に活力がなければ地域は立ち行きません。平時の防災力に注目した場合、この活動度は概ね「余裕をもって地域のために働くことのできる人の数(マンパワー)」とでも定義できるでしょうか。いま時代は団塊世代の方々がリタイヤする時期にあたります。この方々はまだまだ体も元気で行動力もあります。何よりこれまでの人生でさまざまな社会建設にかかわってきた世代なので、今の社会のことをよく知っているのが強みです。時間が自由になること、そして健康であること、これは地域防災力を支える大きな要素です。これを一番目に挙げましょう。
二つ目は「地域の施設余裕度」です。いわば災害時に活用できる施設(建物)の余裕度のようなものです。もし災害が起きたときに、被災者を受け入れたり、一時的に避難したりするための受け皿となる施設の容量といったところです。大事なのはこれらの施設は平時は災害対応に利用している必要性はありません。むしろ平時は別の用途に活用しておいて、それが有事に用途を変えて使えるようになっていることが大事だと思われます。いま少子高齢化の関係で、一年間で500もの公立学校が消えて行っています。これらの施設の再利用や、民間施設との協定など、いろいろ地域で知恵を絞っておく必要があります。この項目がとりわけ大事なのは、障害を持つ方々の受け皿です。健常者ですら避難所での生活は厳しいものがありますので、是非障害者の方々のための収容施設については地域で議論を深めて早めに手当てしていただきたいと思います。
3つ目は「地理的余裕度、空間的余裕度」の問題です。どの地域でも高度成長期には開発計画が作られ、地域の基盤が整備されてきました。道路を作り、鉄道を通し、港湾を整備して、大企業を誘致するという取り組みは盛んに行われてきましたが、今ここにきて私たちの社会は余裕のある土地の使い方、わかりやすく言えば役に立つ空地の必要性に迫られています。災害後に建てられる仮設住宅、復興住宅にしても、まずその用地確保に大変手間取ります。いま日本社会は人口が急増することはほとんど見込めないのですから、ここで街づくりを改めて見直し、本当に必要な余裕のある地域開発計画、災害にも打たれ強い地域づくりを目指す時に来ているように思います。東京23区のようにすでに地域内では余裕度が全くない街づくりをしてしまうつけは、いずれ大きなものとなって支払わねばならなくなるように思われます。
最後の一つは「財力、経済力」です。米国南部を襲ったハリケーンカトリーナは豊かな人々が多く暮らす地区と貧しい人々が多く暮らす地区とをともに襲いましたが、その災害後のリカバリーには大きな差があり、豊かな人たちの地区ほど早く回復しています。日本社会は米国ほどの貧富の差がないとはいえ、自治体の財政力の有無はこれからますます重要になってきています。それは福祉の分野でも起きていて、多くの施策が基礎自治体レベルでばらつきが生まれているのが現実です。このような現状に鑑み医療介護サービスの財政的基盤を安定化させるための都道府県単位の(安定化)基金を設けようという動きもありますが、果たしてどうなるかわかりません。私たちはこれまで「どこに住むか」を考えるときに、その場所の気候風土や生活利便性について関心を持ってきましたが、これからは地域財政の健全性にももっと気を配らなければなりません。
というわけで、ここでは4つの指標を挙げて地域を診断することを提案してみました。いくつかの簡単な診断項目で、皆さんの地域の健全性が判定できるようになれば、防災力を高めるためのターゲットももっと絞りやすくなるはずですね。