合計7名の宿泊客が亡くなった福山市のホテル火災から1年が経ちました。つい先ごろ総務省消防庁からこの火災に関する最終報告書が公表されました(報告書はこちら)。残念ながら出火原因は特定できませんでしたが、多数の死者を出した原因としては、建物構造の問題(耐火構造ではない)を中心に、初期消火が行われなかったことや、自動火災報知設備の系統分離による不連動があったことなどが指摘されています。昭和55年以降、死者が3名を超えるホテル火災は7件発生しています。特に死者数が多かった火災は、川治プリンスホテル(死者44名:昭和55年)、千代田区のホテルニュージャパン(死者33名:昭和57年)、山形市の蔵王観光ホテル(死者11名、昭和58年)、東伊豆のホテル大東館(死者24名:昭和61年)などがあります。ホテル以外での集客施設で死者が多かった火災としては、新宿区歌舞伎町の明星56ビル【雑居ビル】(死者44名:平成13年)、大阪市の桧ビルキャッツなんば【個室ビデオ店】(死者15名:平成20年)、そして渋川市の有料老人ホームたまゆら(死者10名:平成21年)があります。
このような施設を利用する際に、きちんと火災安全性能が確保されているかを確認している人は決して多くないでしょう。不特定多数の人が利用する施設では、利用者が施設の状況を十分理解しているわけではないので、誰にとっても迷いのない安全が求められるわけですが、法令順守がなかなか徹底できないのが現状です。とりわけ高齢者に関わる施設は逃げ遅れや基本的な危険回避行動が難しいことを前提に設計や管理がなされていることは当然といえるでしょう。日本ではホテルや旅館のようないわゆる一見の客を前提とした施設の火災安全性を表示した指標に「(マル)適」マークがずっと使われてきました。「きました」というのは、この制度が実はすでに過去のものであり、平成15年9月末をもって廃止された制度だからです。この制度廃止に関しては、もともと適マーク自体が消防庁次長通知という、法的な根拠がやや希薄なものだったので、平成14年に改訂された消防法によって防火対象物定期点検報告制度が導入され、これを根拠とする「防火優良認定証」または「防火基準点検済証」が表示できるようになったことを契機に廃止されました。とはいえ、大手の旅館やホテルなどで、この適マークがあることが「アピール・ポイント」であったところからは、表示の継続が強く要望されたため、平成19年まで旧掲示が認められていたという、悩ましい経緯もあります。
安全度や安心度をわかりやすく表示するのはどのような分野でも必要ですが、それが社会に認知され、だれもが信頼を寄せてゆけるような制度になるためには、一定の「時間」も必要です。消防の適マークはこの時間が作った「安全のブランド表示」でもあったわけです。宿泊施設のような利用者の安心に対する「イメージ」が大切なところでは、ブランドとしての適マークはずいぶん効果があったと思います。今回は福山の火災を受けて、この適マークを復活させようという話があるようです。結局お上が権威でもって検査した証明がついていないと信用できないとなると、民間主導による自主検査や自主基準などの方向にいくのは難しくなってしまうのでしょうか。ここは今一つ突っ込んだ議論を期待したいところです。それと、たとえ小規模であっても、施設の安全性を犠牲にしてよいわけがなく、既存不適格な建物を使って営業益を上げ続けているものについては、何らかの規制を設けてゆかないと、また同じような悲劇が起きるように思います。事故が起きるたびに、いかにも危険そうな建物だから仕方がないという雰囲気が生まれるのは考え物ですね。