内閣府の南海トラフ巨大地震対策のための予測可能性を検討する作業部会が、このたび(5月28日)最終報告を公開しました。すでに公表されている被害想定によれば、避難者が9百万人を超えるケースも算出されており、南海トラフの地震は現下における日本の最重要災害対策ともいえるイベントだけに、どのような予測現状にあるのかは注目されたわけですが、結果的にみれば現時点では地震発生の予測はほぼ不可能となることを前提にした対策を進めていくことが肝要という内容でした(公開資料はこちら)。
現在の地震学で得られている知見の範囲では、南海トラフのような巨大イベントについてすら、その前駆的な異常を検知することが難しい(だからより小規模な地震はさらに難しい)と結論付けたことは、これまで長い間予測の期待が寄せられていた東海地震についても予知可能性の低いことを再認識した形です。もっともいわゆる「警戒宣言」が出されることを前提とした防災計画はどう考えても無理があることは一般市民の常識でもあったと思われますので、今回の発表がとりわけ驚くほどのものではないのかもしれません。
興味深いのは2011年に発生した東日本大震災について、その後の調査で発生の兆候があったのかという点について、まだ定量的な(マグニチュード9ものイベントがあの時点であの場所に起きるとは)予測ができないと率直に語られている点で、これをもっておそらく地震予知は不可能という大見出しをメディアでは報じているものと思われます。確かに「いつ」、「どこで」、「どれほどの」地震が起きる可能性が高いと明確に警鐘を鳴らすことが出来なければ地震予知には意味がない(だから予算を割けない)と言われてしまうと厳しいですが、それでもなお私たちはこの複雑な現象についてさらに詳細な観測を行いながらその仕組みを解明してゆくことを目指すべきではないかと個人的には思います。科学にはいますぐには成果が出せなくても、地道な基礎研究が長い時間をかけて実を結んでいるという事例がいくつもあるからです。
残念ながら現時点では地震予知は地震防災の最も効果的な手段ではありません。今必要なのは日本に住む限りいついかなる時に地震が発生しても、その被害を最小限にする事の出来る仕組みや技術、態勢の整備であり、それは予知研究とは別に推進すべきものです。今回の最終報告では避難者の数があまりに多い場合には選別(避難者トリアージ)も必要になるということが注目されていますが、もともと既存の公設避難所ですべての避難者を受け入れるということは、過去の災害でもできていない現実からして、民間施設や個人住宅なども含めて非公設の避難所や一時避難施設を事前に検討しておくことが必要です。いつの日か地震現象がより精度よく解明され、あたかも台風の進路予測や、降水確率の発表のように、地震リスクが「予報」されるようになることを目指すのは、この科学にかかわる研究者の責務であると思います。