高齢化社会の進展に伴い、どこでも病院は通院者で混雑しています。さんざん待った挙句に数分の診療しか受けられないという現実は、医療制度の貧困を切実に感じざるを得ない一面かもしれません。私自身も初期の白内障の兆候があるので、月に一度眼科に通院していますが、受付から診察、投薬、会計が終わるまで2時間かかることもあります。待合室では多くの患者が半ばあきらめ顔で雑誌などを読んで時間をつぶしているわけですが、こうした時に貴重な時間をもっと有効に活用できないものかと思ってしまうのは私だけではないでしょう。
ところで病院の待合室と言えば、たいていのところでは雑誌や新聞、書籍などが置いてあるものです。マメなところでは最新号の雑誌があるところもありますが、なかには数か月も(時には数年も)前の雑誌がずっと置かれていたりして、何度も目を通すうちに中身をほとんど覚えてしまったりなどという経験がある方もいらっしゃるでしょう。人は手持無沙汰の時は結構な文字情報も苦にせず目を通すものです。
このブログでもその時々の防災に関する新しい動きについて、関係するウェブサイトの公開資料などもリンクを張って紹介もしていますが、それとてごく一部で、わが国では防災に限らず数多くの行政資料が作成、公開されているにもかかわらず、ほとんど国民の目の届くところに置かれていないという現実があります。法律にしても市民のほうで高い関心を持ってみてゆかない限り、全文を読んで考える機会はなかなかないのが現実です。このような現状では私たちが目指している「開かれたリスクコミュニケーション」など夢のまた夢といっても過言ではないでしょう。高齢化によって受け手の脆弱性が日々増している中では、社会生活に関わるあらゆる情報をもっと積極的に、わかりやすく噛み砕いて市民に伝えていく努力が必要です。日本は自己主張が弱い国民性によるものか、行政においても積極的なアピールがどうも苦手なようです。
病院の待合室、駅や空港、港などのさまざまな交通機関の待合室など、人が時間的ゆとりを持たざるを得ない場や状況において、この種の情報へのアプローチができるような環境の整備を是非検討していただきたいものです。