3月初旬の段階で東日本大震災による死者は15,881人、行方不明者2,676人と併せると約18,500人余りの方々の「声」があの日を境に聴けなくなっています。さらに震災関連死も2,500人を超え、仮設住宅での生活を余儀なくされている方々の数はおよそ31万人にものぼります。まさに未曽有の災害がなお継続しているのが今の私たちの社会です。
この間、さまざまな施策が行われましたがその進捗度は決してはかばかしいものではありません。復旧や復興がその時代の経済情勢に深く依存するのは常ですが、長期的デフレの中では災害からの回復も容易ではないうえに今回は原子力災害というかつてない事態も起きたため、除染処理や廃棄物の処理についてはさまざまな問題が山積しており、復興はとても順調とは言えない状況です。
私達のチームは、社会のリスク対策を個人や地域という単位でどう推進していけばよいのかということに焦点を絞ってこれまで研究を進めてきました。その中には社会がより高度な防災体制を整えるために「個人としてはなかなかできないこと」でも、「集団としてなら合理的な選択ができる」のではと期待して取り組む工夫も進めてきました。その一環が電子的な防災マップや防災ラジオドラマを通じた災害のシナリオ化でした。これに対して個人レベルのリスク対策はバリエーションが大きいためなかなかまとまらず、やや棚上げ状態だったのが正直なところです。
実は個々人がどのような災害対策をとりうるかという点は、この2年間でずいぶん変わってきているような気がしています。それは個人という単位の内容が変化しているからです。以前は「家」を持つ人はすなわち「家庭」を持っている人という構図で考えればよかったのですが、現在では単身者、未婚者でも自分の「家」を持つ人も少なくありません。この傾向は今後地価が上がり景気が上向きになればより加速するでしょう。家を資産として捉え、運用や売却の対象物として考えたほうが得だという考え方は、職の安定性が低下している現在、さらに加速する気がしています。
ごく最近、東京都都市整備局は「マンション実態調査」を取りまとめ公表しました。これは都内にあるすべての分譲マンション、賃貸マンションを対象にアンケート調査を実施したもので、約13万棟に対して3万4千棟から回答を得ています。報道もされていたのでご存知の方も多いと思いますが、旧耐震基準による分譲マンションのうち耐震診断を実施している割合は約17%にとどまっており、8割以上の建物が診断すらしていないという現実があります。耐震診断をしてない理由の最多なものは改修工事の費用がないため(50.1%)ですが、興味深いのは耐震診断に反対している人の意見の最多なものは「資産価値の低下があるため」となっていて、どうやら耐震診断をすると問題ありと指摘されることを懸念しているということが伺われます。私たちはリスクに対しては必ずしも正面から向き合うわけではないということがわかります。
このような結果からわかることは、単に危ない危ないと声高に叫ぶだけがリスクを少なくするうえで効果的だとは言えない、むしろリスクを際立たせることが却って目を逸らしてしまう原因になる可能性があることも踏まえて対策をとるほうが良いこともあるという点です。かくいう私自身も決して正面切ってリスクに向き合うほど勇気があるわけではありません。ですが、マンションのような共同住宅では「集団としての意思」が形成される過程で、うまく進めればリスクと向き合う雰囲気が醸成されるかもしれません。マンション管理の過程の中で防災や防犯、将来の資産維持などの諸問題に、手を取り合って立ち向かっていく、そういう環境を作ることも社会を安全なものにしていくためには大事な一歩になると考えられます。