今日12月26日は2004年にインド洋の大津波があった日です。スマトラ島沖で発生した大地震による津波で20万人以上の方が亡くなりました。昨日と本日の2日間にかけて東京大学地震研究所で巨大津波災害に関する合同研究集会が催され、全国各地の研究者が集まって熱心な議論が交わされました。(写真はスマトラ地震の時刻に黙とうしているところです。)
ところで、政府の地震調査研究推進本部(本部長=文部科学大臣)の中にある地震調査委員会が、さる12月21日に「今後の地震動ハザード評価に関する検討~2011年・2012年における検討結果~」と題するレポートを公表しました。これは東日本大震災を契機に見直しが進めらていた国のハザードマップについて、現時点での最新知見が盛り込まれた内容となっています。地震ハザードマップについては、1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)を契機に検討が進められ、平成17年に「全国を概観した地震動予測地図」と題して初めて公表され、平成21年からは「全国地震動予測地図」に名称が変更されて毎年更新されて来ましたが、昨年の東北地方太平洋沖地震により地震動予測地図に関して解決しなければならない課題が多数指摘されたことから公表が見送られ、今回1年ぶりに改訂されたものが公開されることになりました。ただし今回公表されたものについては、現在地震動予測地図に対して指摘されているするさまざまな課題が「解決」されて公開されているわけではないという点に注意が必要です。
むしろ、東日本大震災によってあぶりだされた地震動予測地図がそもそも抱えている課題はいったいどのようなものか、多くの方々はこの点に関心を持たれていると思います。今回は専門的な視点を避けて、一般的な市民の目線から私が考えているいくつかの要点を感じたままに書いてみたいと思います。
まずこの地震動予測地図がハザードマップであってリスクマップではないという点についてはくれぐれもよく認識しておく必要があります。これは現在の科学的知見に基づいてこれから一定期間において期待される最大地震動が面的に表現されているものであり、このままでは個々の市民の危険性や住宅の倒壊被害の危険性が表現されているわけではないという点です。見方を変えれば地震動がかなり強くても、それに耐えうる構造物が現在では相当数構築されており、それらについては被害がかなり抑えられるという合理的な見通しがついているのでこのハザードの大きさをそのまま自宅や地域の危険性だと読み替えないような注意が必要だということです。では、ハザードの評価は全く無意味なのかというと、決してそのようなことはありません。例えば自分の住む地域が地震に襲われたときに、揺れの大きい地区とそうでない地区とでは同じ強度の構造物であれば、当然被害も違ってくるでしょうし、ライフラインなどの被害程度にも差が出てくるでしょう。先にふれたような耐力のある構造物とは反対に、老朽化した建物や対策がとらないまま放置されている施設は、危険が潜んでいるということでもあります。ハザードの差は相当程度その地域の地盤や地形に依存しているので例えば避難所や避難ルートを考えたり、非常時の備蓄を含めた防災戦略を考えるうえでは大事な情報のはずです。
残念ながら全国レベルのハザードマップでは分解能に限界があるので、どこまで地域差が具体に表現されているかというとかなり厳しいものがありますが、これをベースに基礎自治体(市町村)がより実践的なハザードマップに発展させていくこと(そこには各地域によってさらに創意工夫ができるはずです)が期待されているのです。
次に、ハザードの評価がこのように表現されたものを私達は社会的にどのように受容し、未来に役立てて行くべきなのかという点については、政府の地震調査研究推進本部もあまり明確に打ち出していません。むしろ現時点では受け手にゆだねられているように思います。例えばハザード評価の高いところに住んでいる人が、これから家を建てるときにハザードの低いところを選ぶかどうかということを考えてみましょう。実際、住宅を新築する人がどのようなリスク感やリスクに対する振る舞いをするかという点についてはさまざまな研究がありますが、私達もいくつかの世代モデルを対象にして、居住地選択に関する調査を行ったことがあります。結論から言うと、現代に生きる私たちは生活の利便性や、平時の環境の快適性はそれなりに志向するものの、災害時の安全性はさほど高く求めていないという結論になりました。現在はおそらく東日本大震災の影響を受けて海岸にごく近い場所は避けるような傾向が高まっているとは思いますが、全体的にはどこに住むかを規定する要素は仕事や通学、生活圏との兼ね合いが第一義で影響しているようです。個々の住宅の性能が高まることによって、むしろどこに住んでもあまり(危険性は)違わないという認識が社会的には高まっているのかもしれません。この点についてはさらに突っ込んだ調査分析が必要です。
もちろん地震動予測地図が公表され社会的に広く利用されることで、社会全体のリスクが低減することが望ましいのですから、ハザードの高いところの方のほうが、より耐震性や地域の防災性(不燃化や低密度化など)に関心を持って対策をとっていただきたいのは確かですが、肝心なのは、これが次に発生する地震の地理的予知を表現したものではないという点が、専門家でない限りなかなか理解しがたいことにあるといえるでしょう。極端に言えば明日も日本のどこかで確実に地震は起きる(規模はわかりません)ことは間違いない(日本では一日に数千回の地震が起きているようです)、しかしそれが具体的にどこだということや、被害が生じるほど大きいかどうかを特定するすべを我々が持っていない以上、ハザードマップで色が濃いところが、色が薄いところと比べて、明日のために特別な備えをするべきだという根拠にはなりにくいという点にあります。ですので、当分の間は(かなりの確実度で地震予知が可能になれば別ですが)私達は震度6のような強い地震動にいつ晒されてもいいように、対策をとっておくことが求められるということになるでしょう。
一方では長い目で見れば、ハザードの高いところに構造物を作り強い地震動にさらされるようにするよりは、ハザードの低いところに作ってそれを出来るだけ避けたほうが合理的なわけですので、土木構造物のような(土木は100年の計だそうですので)長い時間スケールの中で考えるものについては、ハザード評価の結果をより積極的に反映すべきなのだといえるでしょう。(今回のハザードマップの公表では低頻度だけれども大きい地震動が期待されるような地震の影響も反映しやすくするという観点から非常に長い再現期間のマップも公表されてはいます。)そこで思い当たるのが原発です。本来、原子力発電所の立地などというものは、地震動予測地図をよく踏まえた上で場所を決めるべきだったのではないでしょうか。実際、既設の原子力発電所みな地震動予測地図ができる前に立地が決まっていたものでしょうから、いまさら場所を見直すことはできないのかもしれませんが、原発が立地する前に東日本大震災が起きていれば、プレート境界が地表に近く、かつ海溝に巨大地震が発生すれば極めて高い津波が容易に想定される太平洋沿岸に原子力施設が並び立つという現在の事態は無かったのではないかと思います。(だからと言って日本海側に原発銀座ができてしまってもよいというわけではありません。念のため。)
ハザードはリスクが伴うものについて科学が迫ることのできるわかりやすい一つの指標であり尺度です。ハザードをどうとらえ、社会活かすか、いろいろな問題があるとは思いますが、何より大切なのはハザード情報を隠さないで積極的に社会に出すことにあると思います。もちろん受け手である市民の側にもハザードをちゃんと理解し、自分のリスクに読み替えていく能力が求められるのは当然です。ただ市民にどう受け取られるかわからないからということを理由に、ハザード評価を埋もれさせておくことは、より大きな問題を惹起する気がします。
専門家の大切な役割は、ハザード情報をきちんと自分のリスク情報に置き換えられる環境を積極的に構築するところにあると私は考えています。