先日、建設労働者に対するアスベスト(石綿)による健康被害に関する国の責任を認め、損害賠償を行うという判決が東京地方裁判所で出されました。判決では158人に10億6千万円の支払いを命じています。私はアスベストの専門家ではありませんが、このリスクが将来どの程度の社会的影響を与えるのかについては、これまでずっと高い関心を持ってみていました。
アスベストは中皮腫という特有の疾患の主要原因と考えられており、日本では行動経済成長期に建築物の内装の不燃材として非常に多く用いられました。よって現在建設されている建物でもかなりの割合で使用されていると見られます。ただ何事もなければ、アスベストは害をもたらさないはずですが、たとえば地震などで建物が壊れたり、不要になった建物を解体する際に適切な対策をしないまま作業をすると、大気中に飛散して、吸入した人に30年から40年も経過したのちに健康上深刻な影響を与えると考えられています。
さて、厚生労働省は最新の人口動態統計を公開するに当たり、特別に1995年以来の中皮腫による死亡者数の統計も公開しています(統計表はこちら)。これをグラフにすると下のようになり、年々着実に増加していることがわかります。民間の非営利団体である中皮腫・じん肺・アスベストセンターでは、この疾病のピークが2020年ごろになると予想して警告をだしています。
実はアスベストが健康に害を及ぼすとわかっても、実効性のある規制が行われたのはごく最近の事です。それにはいろいろな背景があるでしょうが、このことから見てもリスクがあることは合理的にわかっているにもかかわらず、積極的に対策を講じていないものは結構あるのが現実です。専門家の大事な役割は、そのようなリスクの将来に関する予見情報を、常に可能な限り積極的に公開することにあります。もちろん将来の社会がどのようになるかはわからないことが沢山ありますが、それを理由にリスクの可能性を指摘しないことは、責任放棄と受け取られても仕方がないように思います。