リスク研究で大切なことの一つに、リスクに関する概念の明確化に寄与するような科学的で客観性があり計測可能な指標を生み出すことがあります。昨年の震災にともなう原発事故で、放射線をはかるための単位としてシーベルトやベクレルが登場しました。おそらくこの災害がなければ世界唯一の被爆国である日本であっても、多くの国民はこの放射線量を表す単位を知らなかったでしょう。これを自然災害の分野と比べてみると、例えば地震のほうでは災害現象の強度を表す単位として「震度」や「マグニチュード」が使われており気象災害のほうでは「ヘクトパスカル」などが使われています。これらは既に長い歴史があって、人口に膾炙しています。しかし放射線のリスクについてはこのように広く理解され口に上る単位はなかったと言ってもいいでしょう。
専門家の間では使われていても市民レベルのコミュニケーションで使われなければ緊急時には役に立たないのは今回の震災の経験からも明確です。さて、どのような問題についても共通理解を作るというのは多くの人が望むところなのですが、実は技術が高度化するにつれ、共通理解はどんどん難しくなっていく気がいたします。例えば私たちの生活を支えているさまざまな家電やIT製品の実際の仕組みをきちんと理解できている人はほとんどいないでしょう。その機器が持っている機能の100%を使っている人もほとんどいないのが現実ではないでしょうか。
最近話題のIPS細胞についても原理や技術ががきちんとわかっている人は、本当の専門家に限られているのでないかと思います。ですので先般起きたような報道機関の誤報事件などが起きるわけです。というわけで、本当にわかりあっていなければならない概念や情報は何かという点についてはもっと絞り込んでおくべきではないかと私自身は最近思っています。
研究者に求められることの一つは、自分の研究領域に関わるリスクに関してはそれを端的に表し、誰でもが容易に理解でき、そして間違いなく情報が伝達できる指標や概念を生み出すことにあると思います。
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