本棚でも紹介しましたが、大野更紗さんの「困ってる人」は大野さん自身の体験そのもので、医療制度だとか、社会保障制度だとかの問題点や不備を指摘しているというよりも、純粋に彼女自身が困っていることを素直に書いている貴重な本です。このように世間には本当に困っている人は結構たくさんいるのですが、私たちの社会は困っている人と、それほどでもない人の区別がなかなか上手くできていません。間もなく18年が過ぎようとしている阪神淡路大震災の後でできた制度でも、被災者の生活再建では本当に困っている人に正しく支援が届いていたのか、今になっても疑問に思うものがたくさんあります。何か一つ制度を作ると、それを利用できる人と利用できない人が出てきますが、その境目がはたして適切なのか、東日本大震災から2年を前に、我々はきちんと検証すべきではないかと考えます。
おりしも政府の復興のための費用が被災地とは何のかかわりもない事業にたくさん使われている実態が問題になっています。使われもしない制度を作っていたり、関係のないものに貴重な税金を費やしていたり、やはりお金の使い方について無関心でいるとろくなことにはならないようです。
もう一つ大事なことがあります。いま私たちが直面している放射線によるリスク(被爆リスク)は、今ではなくこれから将来にわたって困る人を作り出すことになる可能性があるということです。今は困っていない人でも、将来困ったことにならないという保証はありません。原子力の及ぼす影響についてわからないことが多いことによるリスク(不確実性によるリスク)をどう考えるか、もし現時点で明確に結論が出せないものであるなら、まずは避けておくという選択肢も大事な気がします。それによる経済的負担や不便さがあるなら、きちんと明示しておくことが必要です。何となくエネルギー危機に直面しそうだとか、電気料金が上がりそうだというだけでは、結論を出すのは危険ではないでしょうか。去年の電力危機の時もそうでしたが、日本社会には意外に成熟社会が持つゆとりがあるように思います。原発停止により電力が枯渇する恐れが本当にあるのか、もうちょっと精緻な根拠づけがほしいところです。
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