坪川です。先週は陸前高田と大船渡の2か所で地元の方への津波避難に関するインタビューをさせていただきました。今回の津波では2万人を超す方々の命が失われましたが、地域によっては人々の普段のつながりの中で、自然に助け合い、無事に難を逃れた例もあります。
陸前高田市気仙町古谷(こやと呼びます)地区は、広田湾に面した小規模な港湾が続くところです。この湾口に面した崖の上に、インタビューでお邪魔したYさんのご自宅があります。海面から17メートルの高さにあるYさんの家ですが、その庭先にまで津波の海水が入りました。海に直接面しているため漂流物などはなく、海水だけがまともに浸入するという事態だけに、水位が17メートルも上がった状態はすさまじいものだったと思われます。今回はアーカイブのために画像を提供していただきましたので、間もなくその状況をわかりやすく紹介できるように準備を進めております。
中央にある崖の上野家がYさんの自宅。海面から17メートルの高さにある。
Yさんは漁師の直感で地震直後に津波が来ると考え、まず最初に自分の母親と隣家の子供(病気で学校を休んでいた)を車に乗せ、湾の奥の高台にある公民館に避難させました。さらに湾の口の底部にある住宅にいる高齢者やその家族の家に行き、渋る人たちを説得して高台に避難させました。地震から約30分後。15時18分の映像を見ると、水が引いて岩礁が見えます。その10分後には高さ17メートルの高台まで洗う、津波がやってきて、多くの家を破壊していきました。
Yさんの働きもあって、この地区では一人のけが人も出しませんでした。それは地域の普段の関係性にあり、いろいろなことで地域が一つにまとまっているからできたことだとYさんは言います。ふり返って私たちの周りはどうでしょう。隣は何をする人ぞというくらいの関係性で生きている私たちには、このYさんのような働きができる人はもう少ないのでしょうか。
311まるごとアーカイブス(http://311archives.jp/)は、被災地の過去、現在、未来を長い時間にわたって記録し、保管し、公開することを目指しています。皆様からの情報をお待ちしております。
つぼつぼのprofile
国立研究開発法人 防災科学技術研究所
防災情報研究部門
所在地
茨城県つくば市天王台3-1